息子が、知らない人の手に唾を吐いた日

発達特性のある子育て

休みの日、家族で公園を散歩していたときのことです。向こうから、犬を連れたご夫婦が歩いてきました。息子はその犬に近づきたくて、目を輝かせていました。

飼い主さんは優しい方でした。「ごめんね、触らないでね」と笑顔で言いながら、手のひらで犬をそっとかばってくれました。

その手に、息子は唾を吐いたのです。

頭が真っ白になった、あの数秒

一瞬、何が起きたのか分かりませんでした。気づいたときには、私はポケットにあったハンカチを取り出して、その方の手の甲を必死で拭いていました。「すみません、本当にすみません」。それしか言えませんでした。

ご夫婦も、突然のことに言葉を失っているようでした。「大丈夫ですよ」の一言さえ、返ってはきませんでした。無理もないと思います。私はろくに顔も上げられないまま、息子の手を引いて、逃げるように家へ帰りました。

玄関のドアを閉めて、ようやく息をついたとき、涙が出そうになりました。

怒りではなく、ただ悲しかった

不思議なもので、息子に対する怒りは、ほとんどありませんでした。込み上げてきたのは、ただただ悲しさです。

息子が悪い子だからではないと、私はよく知っています。犬に近づきたい、そのあふれる気持ちをどう伝えればいいのか分からなくて、あんな形で出てしまっただけ。頭では分かっています。それでも、知らない方の手を拭きながら、胸の奥がぎゅっと痛みました。

そして少しだけ、こんなことを考えてしまう自分もいました。「どうして、こういう場面ばかりなんだろう」。公園も、スーパーも、電車のなかも。人の目が気になって、気が休まらない。その小さな積み重ねが、じわじわと心を削っていくのです。

父親として、その場に立つということ

私は普段、息子と外で過ごす時間は妻ほど多くありません。だからこそ、たまに一緒にいるときくらいは、ちゃんと守ってやりたいと思っていました。息子のことも、そして周りの人のことも。

でも現実は、守るどころか、ただ謝って、逃げるように帰ることしかできませんでした。父親なんだから、どっしり構えていなきゃ。そう思えば思うほど、何もできない自分が情けなくて。あの日の帰り道は、やけに長く感じました。

いちばん戸惑っていたのは、たぶん息子だった

家に帰ってからも、あの手の感触や、ハンカチを握りしめた自分の手を思い出しては、ため息をついていました。正直に言うと、あの日のことは、今でもうまく消化できていません。きれいに「乗り越えました」とは言えないのです。

ただ、時間が経っていま思うのは、あの場でいちばん戸惑っていたのは、もしかしたら息子自身だったのかもしれない、ということです。触りたいのに、触れない。どうしていいか分からない。その出口のない気持ちが、あんな行動になってしまった。だとしたら、叱るより先に、その気持ちを分かってやれるのは、親である私だけなのだと思います。

同じ帰り道を歩いたことのある人へ

外でのたった一つの行動で、心がぺしゃんこになる日があります。誰からも「大丈夫」とは言ってもらえず、逃げるように家に帰って、まるで自分まで否定されたような気持ちになる日が。

もし同じような帰り道を歩いたことがあるなら、これだけは言わせてください。あなたは冷たい親ではないし、あなたの子も、決して悪い子ではありません。まだ、うまく言葉にできないだけ。今日はそれを、同じ場所に立ったことのある一人として、伝えたかったのです。

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